七夕といえば ”織姫と彦星が年に一度だけ天の川を渡って再会する、ロマンチックな行事” です。
そんな七夕の物語に欠かせない存在が「かささぎ」なのです。
- なぜ七夕にかささぎが登場するのか
- どんな意味や由来があるのか
といった疑問を持つのではないでしょうか?
この記事では、かささぎと七夕の関係を、中国の伝説から日本文化までたどりながら、やさしく分かりやすく解説していきます。
七夕に登場する「かささぎ」とはどんな鳥?

かささぎの特徴と古くからのイメージ
かささぎは、白と黒の羽が特徴的なカラス科の鳥です。
とても賢く、人の暮らしとも関わりが深い鳥として、古くから親しまれてきました。
中国では特に縁起の良い鳥とされ、「良い知らせを運ぶ鳥」「喜びを告げる鳥」といったイメージを持たれています。
この背景が、七夕の物語における重要な役割へとつながるのかもしれません。
かささぎと七夕伝説の深い関係

織姫と彦星をつなぐ「鵲橋(じゃくきょう)」
七夕伝説では、織姫と彦星は天の川をはさんで引き離されます。
年に一度、七月七日の夜だけ再会が許されますが、天の川の水かさが増して渡れないこともあるとされています。
そこで登場するのが、かささぎたちです。
無数のかささぎが集まり、翼を広げて橋を作り、二人を渡らせます。
その橋が「鵲橋(じゃくきょう)」と呼ばれます。
「鵲橋(じゃくきょう)」は七夕の象徴的な存在として語り継がれています。
中国に伝わる「かささぎ 七夕」の由来

七夕の起源は中国の行事だった
七夕はもともと、中国の「乞巧奠(きこうでん)」という行事が起源とされています。織女星と牽牛星の物語は、中国で長い年月をかけて形作られてきました。
中国の七夕伝説では、七月七日に雨が降ると「かささぎの羽が濡れて橋が架けられない」と考えられたこともあります。
この雨は、「再会を喜ぶ涙」、あるいは「別れを惜しむ涙」とも言われます。
七夕の情緒を深める要素のひとつですね。
日本の七夕文化とかささぎ

日本に伝わった七夕とかささぎの存在
日本に七夕が伝わったのは奈良時代とされています。
中国の伝説は、日本独自の感性と結びつき、現在の七夕行事へと発展したようです。
日本では、かささぎが実際に身近な鳥ではなかった地域も多くありません。
つまり現実の鳥というよりも、物語や和歌の中で生きる象徴的な存在として受け入れられてきました。
万葉集に詠まれたかささぎと七夕
万葉集には、かささぎと七夕を題材にした歌が残されています。
かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける
かささぎが架けた橋を霜の白さになぞらえたこの歌からは、七夕の夜の静けさや幻想的な情景が伝わってきますね。
なぜ七夕に「かささぎ」が選ばれたのか?

縁起と再会を象徴する鳥
かささぎは「喜び」や「良い知らせ」を象徴する鳥とされてきました。
離ればなれだった織姫と彦星が再会する七夕の物語に、これほどふさわしい存在はなかったのかもしれません。
また、多くのかささぎが協力して橋を作るという描写には、「助け合い」や「思いやり」といった意味も込められていると考えられています。
七夕モチーフとしての「かささぎ」は和装小物とも相性が良い
かささぎの帯留めで楽しむ、さりげない七夕の装い
七夕の由来を知ると、かささぎの存在がより身近に、特別なものに感じられるようになります。
そんなかささぎは、実は和装小物のモチーフとしても静かな人気があります。
たとえば、かささぎをかたどった帯留めは、七夕の時期はもちろん、夏の着物や浴衣にさりげなく季節感と物語性を添えてくれます。
主張しすぎないデザインながら、「意味を知っている人には伝わる」奥ゆかしさが魅力です。
織姫と彦星をつなぐ架け橋となったかささぎは、「ご縁を結ぶ」「想いをつなぐ」といった意味合いも持つとされ、特別な日のおしゃれにも向いています。
七夕モチーフとして作られた、かささぎの帯留めは、以下のページで詳しく見ることができます。
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まとめ|かささぎは七夕をつなぐやさしい架け橋

かささぎは、七夕伝説の中で織姫と彦星を結ぶ、大切な役割を担ってきました。
中国から日本へと伝わったこの物語は、文学や文化と結びつきながら、今も私たちの暮らしの中に息づいています。
今年の七夕は、夜空を見上げながら、かささぎが架ける見えない橋に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。